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【長編】記憶を消せる女の子の話【読物】

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記憶を消せる女の子の話
4: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)15:38:22 ID:F5o
記憶を消す能力がある、といえば誰もがそれを持つ私を羨ましがるに違いない。
現に花の女子高生の私はこの能力を最大限に有効活用している。
いや友好活用と言った方が良いかもしれない。
悪用することなくただただ平和的に使っているのだ。
具体的に何に使っているかと言うと、遅刻したときに先生とクラスのみんなの私に関する記憶、つまり「遅刻した私を見た記憶」を消して遅刻をなかったことにすることとか。
他にもいろいろあるんだけど、どれにも共通しているのは「平和的で誰も傷つけない」という部分だ。

5: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)15:39:49 ID:F5o
一般的に遅刻はいけないものだけど、誰も迷惑していない。
だからこれは平和的な利用法なのだ。私は間違っていない。
そんなことより、もっと平和的な利用法がある、なぜ人が持つ嫌な記憶を消してやらないんだ? 消せば人を悲しみから救えるだろう? と誰かは言うかもしれない。

6: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)15:40:49 ID:F5o
しかし、神は万能ではない。私の記憶を消せる能力は「他人が持つ私に関する記憶」しか消せないのだ。
私が関係していない記憶は消せない。むしろ消せるのは他人の記憶にある私が及ぼした影響と私の存在だけ。

8: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)15:43:01 ID:F5o
今でこそ、私は他人の記憶を思い描く通りに範囲選択して切り取りできるのだが、昔はひどかった。
小 学生のとき、私は友達の女の子と喧嘩をした。配慮の無い言葉を怒りのまま浴びせてしまったのである。
その夜、私は後悔して泣いた。あの言葉を忘れて欲しいと願った。
翌日学校に行くと、その友達は私のことを綺麗さっぱり忘れていた。喧嘩したからってその対応は酷すぎるよ、と思って私はその子に感情をありのまま載せた言葉をかけた。
泣いていたかもしれない。子供だから理解の追いつかないことには、なんで? と言わないと気が収まらなかったのだろう。

9: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)15:45:37 ID:F5o
もちろん、その子は本当に私のことを忘れているので議論は平行線だった。
どんどん大きくなる声に野次馬が集まってくる。
私とその女の子が口論している理由を理解した彼らは
「は? 忘れてるってなんだよ。みんなこいつのこと覚えてるよ。お前頭おかしいんじゃねーの」
「喧嘩したからってそれはひどいだろ」
「馬鹿は本当に頭おかしかったんだなー」と口々に言い始める。

10: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)15:47:21 ID:F5o
その言葉を聞いて私はようやく、先のことを考えられるくらい冷静になった。
この騒ぎのあと、この子はどうなるのだろう。
皆の集中砲火を浴びて果てにはいじめられてしまうかもしれない。
この子は算数の出来が一番悪く、クラスのみんなからからかわれていた。
私との口論が、この子をいじめるきっかけづくりになってしまう。それは絶対嫌だった。

12: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)15:48:43 ID:F5o
この子は、本当は良い子なのだ。
目立たないけどちゃんと自分の考えを持っていて、ダメなことはダメだと言える。
けれどまっすぐすぎて何のけない言葉を重く捉えて傷ついてしまう、真面目な女の子なのだ。
その子は泣き始める。みんなひどいよ、私は悪くないよ。嗚咽に交じってか細い声が聞こえてくる。

13: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)15:50:09 ID:F5o
その光景を見て、私は強く思った。
みんな私のことを忘れてしまえばいい。そうすればこの子はいじめられない。
指と指を絡み合わせて、私は願った。

14: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)15:53:57 ID:F5o
やりすぎた。という思いが真っ先に私を覆った。
あの子は
「あれ、なんで私泣いてるの?」と言う。
そしてその言葉を契機として野次馬の男子たちも
「なんで俺ここに居るんだ」
「さっきまで俺はなにをしてたっけ」
「どうしてこいつ、泣いている?」
と、まるで夢でも見ていたかのように言い出した。

15: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)15:56:20 ID:F5o
困惑はざわめきになって教室に広がる。
野次馬の男子たちは、なにが起きたかを知るためにクラスの人たちに声を掛けた。
誰も彼もが知らないと答える。ついに野次馬は私を見る。
目が合った瞬間、彼は見てはいけないものを見た、という風に青ざめた顔をした。
「お前……誰だよ」

16: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)15:59:55 ID:F5o
私は泣いていた。走っていた。どこへ向かうあてもなかったけれど、どこか遠くへ行きたと思った。
教室を抜け出す。学校を抜け出す。
意味が解らなかった。何が起きたか理解できなかった。でもそれは私の願望だった。
私は心の底では「自分がクラスの人の記憶を消したこと」と「クラスの人はもう私のことを覚えていないこと」を分かっていた。

22: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)21:20:38 ID:F5o
私は走るのをやめて、ゆっくりと歩き始める。
すると、涙も徐々におさまってきた。
なにも考えず走っていたが、なんだか見覚えのある場所についていたようだ。
河川公園。懐かしい。
でも、この懐かしいという思いがなぜこみ上げてくるか来るかは分からない。
私はここで何をしたんだっけ?

23: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)21:23:00 ID:F5o
ふらふらと川に向かって歩いていく。転んだ。泣きたくなった。
立ち上がる気力もなくて、私は体操座りをした。
悲しいとき、私は体操座りをする傾向にあるらしい。

24: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)21:25:58 ID:F5o
溢れた涙が青空をぼやかす。両手で涙を拭うと、空で太陽が虹色の輪を纏っていた。
綺麗だった。また涙が頬を流れた。
どうして私はこう、どうしようもなく嫌なときに限ってどうしようもなく美しい景色ばかりを目にするんだろう。

25: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)21:27:51 ID:F5o
それからの私の人生は想像に難くない。
クラスの全員にきれいさっぱり忘れられた私は「いないもの」として扱われるようになった。
当然だ。むしろ、みんなに気を遣われて、優しく迎え入れられるよりか落ち着いた。
もし、みんながそうしてくれたら、私は「そんな優しい人たちの記憶から消えてしまった」ことを悲しんで、また泣いてしまうだろうから。

26: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)21:29:34 ID:F5o
あの子はいじめられることなく平穏に学校生活を送っているようだった。
友達に囲まれていて、私と居たときよりか楽しそうだ。
それだけが、私の救いになった。

27: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)21:32:00 ID:F5o
私のことを覚えているのは担任の先生だけだった。
クラスの全員が私のことを忘れている事態に困惑しながらも、せめて私の話相手になろうとしてくれた。
気を遣って話しかけてくれる先生は優しい。
だから私は先生の記憶の中の私を消した。
こういうのって、いたたまれなくなる。

28: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)21:34:31 ID:F5o
小 学生のときの私は、このように記憶を消す範囲をコントロールすることができなかった。
しかし、時間が経つにつれて記憶を消すことにこなれていった。
中 学生くらいから、私は他人の記憶に存在する私をどこまで残しておいて、どこから消すかを思い通りに選択できるようになったのだ。
ある一点の私に関する記憶は残して、他の私に関する記憶は消すという事も出来る。
現在、私がよくしている遅刻のもみ消しはまさにそれだ。

29: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)21:36:04 ID:F5o
小 学生時代は「いないもの」だったが、記憶を消す技術が上達して中 学生時代では「名前だけの存在」に昇格した。

30: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)21:37:35 ID:F5o
中 学生になるのだから、一からやり直すのも悪くない。
普通に友達をつくって、普通に学校行事に参加して、普通に恋をしてみたい。
と思ったが、それはやめた。

31: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)21:43:30 ID:F5o
私に友達をつくる資格はないし、友達と一緒に笑顔で行事に参加するのも似合わないし、ましてや恋なんて手が届かない。
なにかに積極的になろうとするたびに、小 学生の時のトラウマを思い出して足踏みしてしまう。
仲良くなっても、いつか忘れられてしまうかもしれない。

32: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)21:47:44 ID:F5o
だから結局、中学時代は「名前だけの存在」になった。
入学式後の自己紹介の記憶だけをクラスの皆に残した。

33: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)21:54:21 ID:F5o
入学式当日、クラス発表の掲示板が込み合っているせいで自分は何組なのか見ることができず、どうしようかどうしようかと慌てている私に
「クラス、見てきてやろうか? 名前だけ教えてくれれば見てくるぞ」
と優しく声を掛けてくれた男子も、
やっとのことで自分の教室に辿り着いたときに話しかけてくれた隣の席の女の子も、私と関わったその出来事を覚えていない。

34: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)22:07:52 ID:F5o
仲良くなりたいと思う、優しそうな人との関わりもすべて消した。
寂しさより怖さが勝った。大切なものができると、それを失ったとき、大切さの度合い分悲しくなるのは、皆も知っている通り。
失ったとしても、とても楽しかったのなら良かったんじゃない? というのは強い人の言葉だ。
そもそも私は楽しさより、寂しさと悲しさと仲良しなのだ。楽しさとか嬉しさの価値をよく知らない。
知っても、どうせ悲しくなるだけだ。

35: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)22:14:52 ID:F5o
かくして、中学の人たちが持っている私に関する記憶は均一化された。
それでも、「いないもの」だった小 学生のときより遥かに気が楽だった。
あのとき、名前すら忘れ去られていた私は修学旅行の班決めで余っているにも関わらずに名前が挙がらなかった。
ぼっちの人でも、嫌われている人でも名前が挙がるというのに。

36: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)22:21:23 ID:F5o
そういう事故も多くあった。私は存在が空気のくせに、面倒事には存在感を醸し出し始める悪影響を及ぼす空気だった。
せめて、そういう面倒ごとを起こさない良い空気になってやろうとして、自己紹介の記憶だけを残しておいた。
だから、小 学生の時のようなことがないので「名前だけの存在」であっても、気が楽なのだ。

37: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)22:29:41 ID:F5o
そうして、学校では誰とも話さない日が何年も続いた。
家に行っても浮かない顔をしている母親と無表情に会話をするだけだった。
友達がいない娘と話して、楽しそうな方がおかしいのだ。母には悪いことをしたなと思う。
父は単身赴任をしているらしく、会った覚えはない。
それでも、私は父をいい人だと確信している。なにもない私が持っている、唯一の自信だ。

38: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)22:37:10 ID:F5o
友達がいない人間は何をして過ごすか。おおよそ、本と音楽と友達になるしかないだろう。
今では彼らと親友くらいにはなれたかな?
それともう一つ、私は青空を見上げるのを趣味にした。
小 学生の時、泣いて見上げた空に浮かんでいた太陽を囲う虹色の輪――ハロ現象というらしい。
それをもう一目見たいと思ったのだ。

39: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)22:46:43 ID:F5o
私は恋するようにあの現象に惹かれていた。
もう一度見たい、その思いだけが私が生きる理由。今も、それは変わっていない。
時間が有り余っているのは悲しいことだが、ハロ現象に恋をしている私にとっては嬉しいことだった。

40: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)22:51:42 ID:F5o
恋をしたことはないけれど、たぶんこういうことだと思ってる。

いつも疲れた表情を浮かべている母親と一緒にいるのも億劫だったから、私はたいていの時間を図書館とあの河川敷で過ごした。
青空を見ながら聴くバラードは本当に落ち着く。私は行きの電車で聴きたくなる曲より、帰りの電車で聴きたくなる曲が好きだった。

42: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)23:04:36 ID:F5o
死んじゃってもいいんじゃないかな、という思いは相当な頻度でやってきた。
人生の一番難しいところは、なにがあっても簡単には氏ねないこと、だと思うが、私は簡単に氏ねる。
私に関する記憶を全て消しさえすれば、誰も私の死に心を痛めない。
人が死ぬのを躊躇している理由は、様々な思い出に自分をがんじがらめに縛り付けられているからだ。
自分の生に価値があると思えてしまうほどの思い出がその人にはあって、もし死んだら悲しむ人もいる。
ああ、羨ましいな、と思う。

44: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)23:10:30 ID:F5o
私にもそんな人がいてくれたらいいのにな。
ひょっとして父は、もし私が死んだら悲しんでくれるのかな?
そんな淡い期待を抱いて、今も私は生きている。
でも母は、友達がいないかわいそうな娘、から解放されて元気になるのかもしれない。
そう思うと複雑だった。

45: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)23:16:28 ID:F5o
惰性で生きていて、ずっと決まりきったことをしていると頭はおかしくなってしまう。
私もその例に漏れず、高校一年生のときにがたが来てしまった。

46: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)23:22:49 ID:F5o
どうせ後で記憶を消せば問題ないだろう、ということで、私は学校生活でやってみたかったことをやり始めた。
授業中に先生へ質問してみるとか、授業中に思いっきり寝てみるとか、そんなことを。
真面目な私は立派にぐれたのである。

47: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)23:30:09 ID:F5o
でも、それは今思うと平和的で誰も傷つけない友好的な記憶の消し方だ。
悪用してはいないんだけど、自分悪いことしてるんだぜ感が起伏のない日常を刺激したことには違いない。
少なくとも生きている心地がした。

48: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)23:34:50 ID:F5o
そんなことをしているうちに、私の真面目な生徒の部分は色を落としていった。
結果的に、誰にも迷惑かけなければ、それは平和的で友好的なんだ、と素で思うようになった。
その考えは遅刻のもみ消しを自分に許す理屈になった。

49: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)23:39:33 ID:F5o
その理屈で現在、私は授業中なのに屋上にいる。
青空に近いこの場所は、ハロ現象を観測するにうってつけだ。
しかも誰も来ない。これほどまでに私を落ち着かせる場所もなかなかない。

50: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)23:44:10 ID:F5o
この場所を発見して約一年経った。
給水塔あたりに腰を掛けてお昼ご飯をもぐもぐ食べていると、屋上の扉がぎぎぎと開く。
私以外にここを来るのは用務員の先生くらいだ。
用務員さんに見つかったら、また記憶を消さなければならない。

51: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)23:48:09 ID:F5o
せめて隠れようと、焼きそばパンを持ち給水塔の裏に移動した。
ばたんと扉が閉まる。用務員の先生ならば見回ってすぐ帰るはずだ。
足音が近づく。なんだか怖くて耳をふさいだ。二分心のなかで数えたところで、耳から両手を離す。

52: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)23:51:12 ID:F5o
まだ音がしていた。でも見回る際の足音ではない。かちゃかちゃと箸を扱う音だった。
予想してない展開で心臓の鼓動が早まった。
用務員の先生じゃない?
私はおそるおそる音の鳴る方を覗いてみた

53: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/24(金)23:53:44 ID:F5o
男子が一人でご飯を食べていた。
ぼっち飯かな? まぁ私もぼっち飯だけど四年間くらい。
なんだか親近感が湧いたので、じっと彼を観察してみる

54: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)00:01:27 ID:cBh
色白で、なんかやる気のない人だ。眉より伸びた前髪が一層やる気のなさを表している。
それでも端正な顔立ちで、女子の間で人気爆発、とはならないけれど、かっこいい部類には入るだろう。
そのやる気のなさに私はすっかり安心してしまい、話しかけることにした。
話し終わった後で記憶は消せば大丈夫だ。
どんな話しかけ方をしてもいいと思うと、気が楽だった。

55: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)00:04:10 ID:uOw
こころがざわざわしてきた

59: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)00:15:46 ID:cBh
>>55
見てくれてありがとうございますy

56: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)00:07:17 ID:cBh
「やーいやーい、君はぼっち飯なの?」
挑戦的な言葉をかけてしまった。私のキャラでは絶対にない。ただ人と会話をしてなさすぎてテンションがおかしくなっているだけだ。
この少年の第一印象からして、こういう話しかけ方は一番うっとうしがられるはず。ちょっと後悔。

57: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)00:12:45 ID:cBh
「お前もぼっち飯だろうが。その食いかけの焼きそばパン、食い方汚過ぎて食欲失せるから早く食ってくれ」
売り言葉に買い言葉というやつだ。男子は私を見上げるようにして、デリカシーの欠片もない言葉をかけた。
急いで焼きそばパンをほおばる。私はむかっと来ていた。

58: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)00:15:24 ID:cBh
どんなひどい言葉をかけてやろうか。何を言ってもいいのだ。
私は記憶を消せるから無敵なのである。こんな無礼な男に情けは必要ない。
焼きそばパンをごくりと飲み込み、満を持して言葉をかけた。
「私は女子だよ!」
自分でも驚いた。

60: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)00:21:49 ID:cBh
男子は無気力にけらけらと笑い、箸の先を私に向ける。
「女子ならせめて口の周りについてる青のりとソースをなんとかしろ」
言ってやったぜみたいな顔をされた。こいつ、思ったより嫌な奴だ。
ポケットからティッシュを取り出して口を拭く。
「どう!?」
私は喋り方というのを忘れているらしい。

61: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)00:30:37 ID:cBh
「まぁぎりぎり女子だな」
ため息交じりに男子は言った。
「ぐぬぬ……」
私は本当に喋る機能が退化してしまったらしい。siriのほうがまともなコミュニケーションをとれると思う。
それでも、なんかこの男を見てると悔しくなって、言葉を発さずにはいられない。
「名前は!」
頼むから一文節以上の言葉を紡いで私の脳。

62: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)00:38:38 ID:cBh
「なんで単語だけで会話になると思ってんのかな……俺はイシハラだ」
やる気なさそうに彼は、イシハラくんは答えた。
「ふーん」
私は腕を組んで頷く。
「何に納得したのかわからんが」
「やっぱり地味な苗字だなーって」
「俺が地味だとでも言いたいの? つーか、お前の名前は……まぁ別にいいや」
イシハラくんは後ろ髪を掻いて、やるきなさそうに食べ終わった弁当を片付け始めた。

63: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)00:44:01 ID:cBh
「私の名前には興味ないってことね? 自分の名前だけ言いたがるんだ」
「お前が聞いてきたから答えただけだろうが……」
「ぐ……」
その通りだった。ちょっと会話成立してるかな、と思った自分が恥ずかしい。
「じゃあお前の名前、当ててやろうか?」
「興味深いわね」
会話が成立した。

64: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)00:55:50 ID:cBh
「アカリ、だろ」
「なんで知ってるの……? まさか苗字は知らないでしょ」
「名前知ってて苗字知らないとかなかなかないぞ。センケだろ?」
「……正解」
イシハラくんの記憶に、私は居たんだ。なんで覚えてくれているかはわからないけれど、嬉しかった。
こんなこと、何年間も味わっていなかったから。
気を抜くと泣いちゃいそうになるくらい、嬉しかった。

71: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)19:57:03 ID:cBh
この高校生活でも、中 学生のときと変わらない「名前だけの存在」だ。
しかし、中学のころよりもっと印象は薄くなっているはず。
高校一年になり、学校生活でやってみたかったことをやる度にあらゆる人の私に関する記憶を消してきた。
積極的に記憶を消す能力を使ってしまっているのである。
高校以前と以後で私の記憶を消す能力の使い方は大きく変わった。

73: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)20:12:00 ID:cBh
小学校から中学校の間はしぶしぶといった風に、降りかかる火の粉を払う程度、つまり受動的に記憶を消してきた。
自ら積極的に記憶を消そうという意思はないから、記憶を消す回数も少なく、クラスメイトの頭の片隅に「授業を真面目に受けている影の薄い人」
程度には認識されていたと思う。
しかし、高校生活は真逆だ。
遅刻のもみ消しや、授業を抜けて屋上に行くやなんやらで積極的に記憶を消している。
そのため、記憶を消す回数は中学の時に比べて10倍くらい上昇しているのだ。
毎時間サボっているというわけでもないけど、「授業を真面目に受けている影の薄い人」
という認識もクラスメイトにはされていないと思う。

74: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)20:20:38 ID:cBh
「あいつの名前なんだっけ……たしかセなんとかだよな」とひそひそ囁かれる具合だ。
頭文字程度の認識しかされていない。
これで、中学と同じ「名前だけの存在」に変わりはない。と言うのは誇張だったかもしれない。

77: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)20:35:11 ID:cBh
だから、そんな私のフルネームを言える人がいるなんて、思いもしなかった。
でも、どこかで期待していたから、こんなにも胸がきゅうと締め付けられて、目頭が熱くなるのだろう。
意識していないとわんわんと大声で泣いてしまいそうになる。
だから私はイシハラくんと会話を続けて、泣きたい気持ちを押し込めようと試みた。

78: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)20:41:11 ID:cBh
「なん……で、私の名前、憶えてて…くれてるの?」
「いや、なんで泣いてんだよ」
「泣いてないっ!」
「いやどう見ても泣いてる」
私の試みは失敗していた。視界がぼやけている。イシハラくんの顔がよく見えない。
声はどうしても震えてしまって、このままだと嗚咽に変わってしまいそうだった。

80: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)20:51:28 ID:cBh
泣いているのがバレてしまったのなら、もう遠慮なく泣いてしまってもいいのかな。
泣くのは、小 学生のあの時以来だ。あの日以来どんなに辛くても涙はでなかった。
ああ、私は嬉しいんだ。
肩を揺らして泣く。溢れる涙は何度拭ったところで止まらなかった。

81: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)21:02:39 ID:cBh
「お前、よく泣くよな」
慰める気もないイシハラ君はごろんと仰向けに寝て、青空を眺めている。
それが私にとってどれほど優しい行為なのか、彼はわかっているのだろうか。
後で、イシハラくんの記憶の中にいる「泣いた私」を消そう。

82: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)21:09:19 ID:cBh
そうすれば、私は思う存分、幸せという幸せを味わい尽くすまで泣いていられる。
満足したところでイシハラ君の記憶を消して、「屋上で出会った普通の女の子」としてもう一度自己紹介するんだ。
クラスメイトにはできなかった、特別な自己紹介をしよう。
私の好きな本とか、音楽とかを笑顔で饒舌に完璧に伝えよう。
だから今はそのために思いっきり泣く。

83: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)21:14:26 ID:cBh
リアルにわんわんと泣く女子高生にさすがにうろたえて来たのか、イシハラくんは
「おい、アカリさん」と遠慮がちに声をかけてきた。
ひょっとして慰めてくれるのだろうか。
彼には似合わないけれど、聞いてやるのもやぶさかではない。

84: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)21:23:42 ID:cBh
泣きながら言葉を待つ。涙を拭くついでに、イシハラくんをちらちらと見る。
イシハラくんはポケットからスマホを取り出して、私に向けた。
「写真はだめ!」
「いや、撮らねえよ……。時間確認してるだけだ。つーか泣いてる焼きそばパン女撮ってなんになるんだ」
「うぐ……」
「あと少しで授業始まるけど、いつまで泣いてるつもり?」
「気が済むまで」
「そうかよ」
彼はそうぶっきらぼうに呟いて、スマホを学生鞄に放った。
「俺も気が済むまでここにいる」

85: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)21:33:52 ID:cBh
この人、やっぱり優しいんだな。
理由とか聞かずに、ただ一緒にいてくれることは私にとって一番の慰めだ。
涙の理由を聞かれて、名前を知っててくれてうれしかったから。
なんて答えれば変な女だ。もうイシハラくんにはそう思われているかもしれないけれど、せめてミステリアスな理由で泣いているのかもしれないという含みは持たせておきたい。
次の授業のチャイムが鳴るまで、私は泣き続けた。

87: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)21:44:37 ID:cBh
「もう気は済んだのか?」
「うん。あと10年くらいは泣かなくて済む」
青空に浮かぶ雲を見るついで。それくらいの僅かな目の動きで、イシハラくんは私を見た。
「そんな笑顔で言われてもな」
私は笑顔だったのか。私はまだ笑えるらしい。その理由も嬉しさに起因しているのだろう。
名前を憶えていてくれていた人がいた。という事実は、私がこれからも生きる上での励ましになる。

89: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)21:53:01 ID:cBh
私はイシハラくんの隣に座った。昔からの癖で、体操座り。
イシハラくんは急に近づいてきた私に動揺して、距離を空けた。
「なんで逃げるの?」
あとで記憶を消せると思うと、大胆に振る舞える。

90: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)21:59:07 ID:cBh
イシハラくんは上体を起こして私を見やる。
「俺の縄張りに侵入されたからな」
「だったらせめて自分の縄張りを守る努力をしなさい」
こんな、誰もが当たり前に過ごしているくだらない時間を、私はずっと体験してみたかった。

91: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)22:05:49 ID:cBh
私とイシハラくんは仲良くなれたと思う。
くだらない会話をたくさんした。女子高生らしく、不意な動きでドキドキさせてみたりもした。
楽しい時間は早く過ぎるもの、ということを私は今まで忘れていた。
授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った時、彼は立ち上がる。
「じゃあな、お前もはやく行かないと授業間に合わないぞ?」
そそくさと去ってしまう背中に、私はだめだとわかっているのに、声を掛けた。
「明日もくる?」
「昼休みにな。今度は授業、サボらせないぞ」
私は、イシハラくんの中にいる私を消すことができるのだろうか。

92: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)22:12:08 ID:cBh
充分だった。これだけの幸せを味わえたなら、あと10年は本当に生きていけるのだ。
それでも、私はまた明日もくる? などと欲をかいてしまった。幸せは底無し沼のようなものだ。
どこまでも落ちてしまいそうになる。

93: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)22:15:21 ID:cBh
そして幸せなぶん、怖かった。
またあのトラウマが顔を出してくる。
いつか、私は忘れられてしまうかもしれない。

95: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)22:20:01 ID:cBh
そのときの私はどうなってしまうのだろう。
仲良くなっただけ辛いのは目に見えている。
忘れられるよりかは、忘れさせたほうが傷つかない。
だから、思い残すことがないと胸を張って言えるくらい幸せを噛みしめて、そのとき、イシハラくんの中の私を消そう。

97: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)22:28:26 ID:cBh
イシハラくんのように、仰向けに寝転んで空を見上げた。
青空はどこまでも澄んでいる。なんだか懐かしい感じがした。
私は、昔もこんなふうに、大切な人と空を見上げていたんじゃなかったけ?
ハロ現象は未だに私の前に現れてはくれないが、私のハロ現象への思いの形がはっきりと掴めた。

98: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)22:33:58 ID:cBh
この1週間、私はイシハラくんと屋上でお昼ご飯を食べた。
くだらない話もたくさんしたし、お互いのことを話したりもした。
イシハラくんは頭が良いらしい。暗記科目では90点以下はとったことがないらしいのだ。
「だからお前のこともそう簡単に忘れないと思う」
と彼は言ってくれた。
私は嬉しかったが、同時に悲しくもあった。
どれだけ私のことを気にかけてくれていても、それに関係することなく記憶は消せてしまうものだから。

99: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)22:44:32 ID:cBh
私は相当に、イシハラくんに心を許してしまっていた。
まずい傾向だと思った。
このままだと、私はイシハラくんになにかもを話してしまいたくなる。
小 学生の時のことや、息苦しい家のことなど、これまで辛かったことを全部、もちろん記憶を消せることも含めて彼に打ち明けたくなってしまった。

100: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)22:54:21 ID:cBh
でも、打ち明けてしまったその時が、私とイシハラくんの思い出の終わりになることもわかっていた。
私はすべてを話し終えた瞬間に、イシハラくんが私の話を聞いて浮かべる表情が怖くて、記憶を消してしまうだろう。
そのとき、範囲を限定して記憶を消すことは不可能だ。どこの記憶も大切で、選び取ることができない。
おそらく、名前ごと忘れさせてしまう。
しかし、それはきっと、イシハラくんには良いことなんだろう。

101: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)23:06:21 ID:cBh
ここでイシハラくんのことを引き合いに出して、申し訳ないというのは詭弁なのかもしれない。
私はわがままの責任をイシハラくんにかぶせてしまっている。
私は、私の責任で、私のことだけを考えて、私の思い通りにしなければならない。
私は何を求めているんだろう。

102: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/25(土)23:18:30 ID:cBh
私は、好きな人にすべてを打ち明けて、名前だけではない私自身の存在を認めて欲しいんだ。
それが私の、わがままで自己中心的な何の遠慮もない願い。

105: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)00:06:45 ID:pIU
今日、すべてを打ち明けよう。そしてその責任として、イシハラくんの記憶を消す。
それが最適解だ。
もし、イシハラくんに認めてもらえなくても、私はこれまでの思い出で生きていけるし、もし認めてくれたのであれば、人生でこれ以上ないくらいの幸福を味わったということを胸に抱えて、生きていける。
私はもう、充分幸せでしょう?
屋上の扉が鈍い音を立てて開いた。
イシハラくんはいつものように、やる気のなさそうな顔をして歩いてくる。
屋上の金網から手を放して、彼を見つめた。
目があっても表情を変えない懐かない猫のような彼に、私はできるかぎりの笑顔を向ける。

106: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)00:32:42 ID:pIU
私が話している間、イシハラくんは変に相槌を打ったりせず、ただ黙って聞いてくれた。
「これが、私の昔話」
長い長い話が終わった。イシハラくんは静かに息を吐く。
「有体な言葉で悪いけれど、その、なんだ。随分辛かったんだな。でも、これからは俺が憶えていておいてやるよ」
私の話を嘘だと疑うこともせず、彼は芯の通った優しい声で言葉を紡いだ。
その最後の言葉を聞くと、どうしようもなく嬉しくなる。
私は、千家灯として、ようやく誰かに認められたんだ。
もう思い残すことはないと思ったけれど、最後にもう一つ。
「私のこと、好き?」
「なんで急にそうなるんだ」
「私は好きだよ」

107: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)00:41:19 ID:pIU
もっと言葉を捻ろうと思っていたけれど、出てきたのはなんの飾りもない言葉だった。
イシハラくんは上気したように頬を赤らめている。
返事を聞くべきだろうか。
いや怖い。私は臆病だ。返事をされる前にイシハラくんの記憶を消そう。
私の願いはもう叶った。言いたいことも言えた。
あとは責任をとるだけだ。
私は指と指を絡み合わせて願った。
どうか私のことを忘れますように。

108: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)00:50:15 ID:pIU
屋上の風に髪を弄ばれて、目を開ける。
隣にいる彼と私は、もう他人だ。
あの日思ったように、完璧な自己紹介をしよう。
そして屋上は立ち入り禁止だから出ていきなさいと、良識のある人を演じて、私とイシハラくんは無関係になる。
「はじめまして、私の名前は」
「千家灯、で間違いないか」
イシハラくんは私の言葉を遮った。

109: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)00:56:23 ID:pIU
「なん……で」
また涙が溢れそうになる。声は震えてしまって今にも切れてしまいそうだ。
「さっきの告白の返事だが、俺も好きだ。ずっと。6年間くらい」
「どういうこと……?」
疑問符だけで精いっぱいだった。地に足のつかない嬉しさで頭の中がこんがらがる。

110: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)01:00:48 ID:pIU
「だから言っただろ、俺は憶えてるって」
「でも私は、記憶を消せて…今までも、そうやって」
「わかってるわかってる。さっき話聞いたから全部わかってるよ。今は俺の話を聞いてくれ」
「うん……」
「俺とお前は一種の病気なんだよ。灯は、どうして自分が記憶を消すことができるか、考えたことあるか?」

111: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)01:07:20 ID:pIU
「ない、」
「灯はそのきっかけを忘れてる。灯が消せるのは他人の記憶の中の灯だけじゃないんだ。灯の記憶の中の灯も消せるんだよ」

112: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)01:09:56 ID:pIU
私はただ彼の言葉に耳を傾けることしかできなかった。
私が知らない私のことを、彼は知っている。
私は泣くのを堪えて、続きを促すように彼を見つめた。

113: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)01:19:27 ID:pIU
「これは灯にとって辛い話かもしれない。たぶん、灯が忘れたいと願えば忘れてしまえる。でも、俺はきちんと受け止めてほしいと思ってる。6年かけてようやく会うことができたんだ。それくらいの我儘は聞いてくれると嬉しい」
私は泣いて赤くなった顔を両手で覆った。泣いてはいけない。
最後に両目をごしごしとこすって、イシハラくんにぐちゃぐちゃの顔を向ける

114: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)01:27:33 ID:pIU
「俺の家族と灯の家族は、6年前の初詣通り魔事件に遭っている。それで、俺の父は知らない人の子供をかばって死んだ。そして灯のお父さんもまた死んだんだ。俺とお前をかばって」

115: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)01:38:33 ID:pIU
人が虫のように密集していた。長蛇の列は俺にとって退屈そのもので、退屈しのぎに父さんに肩車をしてもらった。
高い視線からは列の先頭やその先の景色まで見通せた。首を巡らせてみると、右の列だったかな、ぽっかりと穴があいていた。
こんなにも辺りは密集しているのに、そこだけ異様に人がいなかった。俺はおかしいと思って父さんにそれを言おうとしたとき、
女の人の叫び声が聞こえた。
人々は混乱し、我先に我先にと逃げる。

116: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)01:46:02 ID:pIU
俺は意味がよくわからなかった。
その混乱の中で誰かが「通り魔だ、逃げろ」と叫んだ。
その言葉が一層の混乱を招く。
通り魔と言われても、俺はさっぱり意味が解らなかった。
だが父さんは違った。逃げ惑う人々の流れに反して、叫び声がした場所のほうを向く。
俺を肩車から降ろして「お母さんには留守番してもらっててよかったな。お前は人の流れに従って走れ」
と言って、あの場所へ走って行った。
俺は嫌な予感がした。

117: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)01:56:00 ID:pIU
このまま逃げたら後悔すると思った。
俺は父さんを追いかける。大粒の砂利が敷き詰められているせいで転んでしまった。
「大丈夫?」
俺に声を掛けたのは、幼いころの灯だった。白い肌と顔のパーツのそれぞれが、美しい脆さを感じさせた。
たぶん、泣き虫だな、と思った。

118: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)02:05:52 ID:pIU
「はやく逃げなきゃいけないよ、お父さんとお母さんは?」
灯の父親が心配そうに尋ねる。
「あっち、行った」
立ち上がりながら、父さんが走って行った方向を指さした。
灯の父親と母親は小さな声で何かを相談している。
「いかない方が良い。代わりに僕がみてくるよ」
灯の父さんはそう言って、俺の頭を撫でた。
灯と灯の母に大丈夫だから、と強く優しい声で言い、走って行った。
俺が父さんを追いかけていなければ、ここで躓いていなければ。
後悔は今も消えない。

119: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)02:20:53 ID:pIU
数分の間、俺は千家家と行動を共にした。
「今はここから逃げますよ」
と灯の母は言い、俺の手を引いた。
「あなたのお父さんは私たちのお父さんが連れてきますから、安心してくださいね」
灯の母は静かに微笑んだ。もう、その微笑みを見ることはできない。
「そーだそーだ、ウチのパパは無敵」
灯も俺の手を引く。
俺は安心して、手を引かれるままに進む。出口は混雑していてまだ通れそうにない。
けらけらと、笑い声が聞こえてきた。
その声に振り向くと、一人、キャップをかぶった男が空を見ながら笑っている。

120: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)02:28:41 ID:pIU
「あいつ、捕まったな」
男は急に笑うのをやめて、ぽきぽきと不快な音を立てて首を回した。
ポケットの中に手を入れて何かを探してる。
俺は怖くなって目を背けた。
早く逃げたかったが、逃げる場所もどこにもない。堅実的なのはここでゆっくりと進む列に身を任せることだけだ。
皆急いでいる。焦燥が伝わってくる。人が多すぎて、どうしても停滞せざるを得ない。

122: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)02:36:40 ID:pIU
灯の母からも焦りが伝わってくる。ここで私がうろたえたら終わってしまう、と思っていたのだろう。
つーと冷や汗が灯の母の頬を伝うと、灯の父が走ってきた。浮かない顔をしている。
「パパおかえり!」
灯の無邪気な声を、灯の父は黙殺した。
その雰囲気を察して、灯の母は唇から声にならない声を漏らす。
「通り魔は捕まった、安心していい。でも……ごめん」
俺はその言葉の続きが、なんとなくわかってしまった。

123: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)02:46:51 ID:pIU
「君はイシハラくん、だよね」
俺は頷いた。
「これは、君のお父さんの所持品なんだ。本当に、ごめん。僕は何もできなかった。駆けつけた時には、もう遅くて…」
免許証や、財布、お母さんへのお土産のお守りを渡された。お守りは強く握りしめられた跡があり、僅かだが血がついていた。
「通り魔に襲われている子供を助けて、君のお父さんは……亡くなってしまった」
胸が苦しかった。足の震えもおさまらなかった。今にも泣いてしまいそうになる弱い自分を押し殺そうした。
声は我慢できたが、涙は我慢できなかった。

124: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)02:57:16 ID:pIU
一滴涙が頬を落ちた時、俺は強く思った。
こんなに悲しいけれど、忘れちゃいけない。
見ず知らずの誰かを守って死んでしまった父さんを憶えていなきゃいけない。
涙を拭って灯の父に頭を下げる。
「ありがとう、ございます」
灯の母にぎゅっと抱きしめられた。

125: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)03:03:37 ID:pIU
灯は俺の手を強く握りしめる。
こういうとき、行動に乗せる思いは言葉に託された思いより饒舌に心に染み入る。
大人がもう一人かけつけてきて、俺に事件の顛末を伝えた。
頭の中がぐちゃぐちゃなくせに、どうしてか滑らかに、この事件の全容を把握することができた。

126: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)03:11:53 ID:pIU
この通り魔事件は、子供を対象にしたものらしい。
犠牲者の数は三人。どの人も子供をかばって殺された。そのため子供の死傷者は0である。
犯人は勇気ある大人たちの手によって捕えられ、今は完全に無力化されている。
あとは警察が来るのを待つだけらしい。
一応、事件は終息した。

132: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)20:13:12 ID:pIU
父さんを亡くしてしまった俺がいるせいで、事件が終息したにもかかわらず、大人たちは素直に安堵の表情を浮かべられないようだった。
灯の母は保護された子供の様子を見に行くと言って、事件現場へ走って行った。
俺の父が守った子供を、俺に教えるためかもしれない。

133: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)20:13:43 ID:pIU
俺に事件の顛末を説明してくれた大柄な男の人は、どういった表情をすればいいのかわからないといった様子で、唇を引き結んでいた。

134: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)20:17:11 ID:pIU
灯は依然として俺の手を強く握ってくれている。
その繋いだ手をはなせば、俺は精神的にも肉体的にも寄る辺がなく崩れ落ちてしまうのは確かだった。
灯の目尻には大粒の涙が浮かんでいる。朝露にも似たその涙は、太陽の残滓を余すことなく取り込んで、それに優しさを加えて照り返していた。

135: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)20:17:48 ID:pIU
やっぱり、この子は泣き虫だ。
赤の他人のために泣ける人に、俺は初めて出会った。
こんな状況で、しかも泣き顔を、綺麗だなと思ってしまうのは駄目なんだろうな。

136: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)20:20:12 ID:pIU
灯の父はなにも言わず、もう一度俺の頭を撫でた。
漏れ出てしまう後悔を必死に隠そうとする表情は強かだったが、やっぱり、そんな表情をされても悲しくなるだけだ。
灯の父は悪くない、むしろ感謝さえしている。悪いのはあの通り魔ただ一人じゃないか。
俺は道徳的にも倫理的にも間違っているのを承知で、子供らしく純粋に、強く思った。
どうすれば、あの殺人者を殺せるのだろう。

137: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)20:24:44 ID:pIU
俺達は出口の門へ向かう列の最後尾にはじかれていた。
混乱がおさまって、人々は安心した面持ちをしだす。
他人のことを考えられるくらいの心の余裕は出て来たのか、走る人は消えた。

138: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)20:25:12 ID:pIU
彼らのその安心に、俺は筋違いと知っていながらも、憎しみめいた視線を向けてしまった。
駄目だ違うと、ふるふると頭を横に振った。

139: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)20:30:56 ID:pIU
「憎んでいいんだよ」
先程のキャップの男が、笑いを堪えきれないのか口元を掌で覆い、俺に声をかけた。
距離は近かった。俺が目を伏せている間に、筋違いな恨みを人々に向けている間に、ここまで近寄られていた。
大きな声ではなかった。囁き声ともとれる。
けれども、囁き声のような、という形容表現ではあの男の声に含まれている狂気を修飾できない。
「きっと辛いだろう、これから先、お父さんを亡くして生きていくのは」
笑顔だった。
この人、壊れている。俺が現実から目を背けている間に、こんなにも狂気に近寄られていた。
俺の中にあった狂気や恨み、憎しみを敏感に感じ取ったのだ。

140: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)20:36:19 ID:pIU
「おい、なんて言葉をかけてるんだよ」
灯の父は男を睨み付けた。
優しい人の怒り顔というのは、怒りを向けられていない周囲にさえも底冷えに似た感覚に陥らせる。
俺は、ただその光景を見ていた。
「だから、殺してやろうと思うんだ」
こうなることを知っていた気がする。

141: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)20:37:20 ID:pIU
子供を対象とした通り魔。
俺と灯は手を繋いでいた。
狙われているのは俺だ。
ここで手を離さなければ、灯を巻き込むことになる。
手を振り解こうとするが、灯は手を離さない。
一月の寒空には薄い雲がかかっていた。太陽は先程よりも柔らかな光で俺達を照らしている。

142: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)20:41:51 ID:pIU
ナイフ、のようなものが銀色の鈍い光を先端に宿らせて、俺の眼前に現れた。
それが俺に突き刺さるまで、あと数秒もないだろう。
最後に、灯の顔を見ておこう。俺は諦めたのだ。

143: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)20:43:24 ID:pIU
せめて、この脆くて美しい彼女の泣き顔を、最後の景色にしよう。
おそらく、生涯で一度も聞くことがないだろう重い音とともに、血しぶきがあがる。
灯は鮮血に塗れていた。黒く、しなやかな長髪の所々に血が飛び散る。白い肌も、白を基調とした服装にも、同様、もしくはそれ以上に。
灯の目尻の光は血に蓋をされてしまった。
俺はこんなに苦しそうな灯を最後の景色にしたかったんじゃない。

144: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)20:56:09 ID:pIU
でもここで終わりか。
死は、痛みの無いものなのかもしれない。
手が強く握られる。俺は生きているのか?
ではこの血はいったい、誰の。
「パパ……」

145: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)20:58:29 ID:pIU
灯の父が、俺の前で倒れている。腹の辺りを刺されていた。生臭さを伴って、心臓が脈打つように一定のリズムで血が噴き出している。
さっきの鮮血は、わざと灯に血を浴びせるように、ナイフを酷い角度で引き抜いたんだ。
灯の父は歯を食いしばって、身体を起こそうとする。
乱れた呼吸と吐血。顔には汗が滲んでいた。
「うっ……、ひっぐ、ううぅ、パパ」
灯は泣いている。灯の父は生命の一滴を使って、優しく答える。
「早く逃げるんだ。頼む、石原くん」

146: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)21:08:08 ID:pIU
俺は繋いだ手を強引に引き寄せる。灯は動かない。お父さん、お父さん、と唇を動かすだけだ。
くそう、引っ張らなきゃ。連れて逃げなければ。でなければ、俺は本当に。
この状況、惨事を目の当たりにして動ける人は周りにいなかった。
先程、事件の内容を話してくれた大柄な男も呆然と立ち尽くしている。

147: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)21:17:40 ID:pIU
「あーあ、さらに可哀想になるじゃないか」
あの男は血が垂れるナイフを弄び、けらけらと笑う。
俺はもう一度灯の手を引く。強引に走り出す。
灯は転んでしまった。立ち上がろうとしない。このままでは殺される。
手を強く引く。立ってくれと叫ぶ。あの男はゆっくりと近づいてくる。
俺はまた、泣くだけなのか?

148: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)21:20:51 ID:pIU
灯の父は立ち上がった。生命の最後の一滴を振り絞って、灯を庇う。
鮮血は青空に届くことなく、ぽたりぽたりとナイフと体の間で滴り落ちた。
灯の父はあの男の手をナイフごと掴んでいた。あの男はナイフを引き抜こうと、ぐりぐりと内臓をかき回す。
痛みに喘ぎながらも決して、灯の父は手を離さなかった。
大柄な男が、第二の通り魔を取り押さえる。すると、続々と大人が駆け寄ってきた。

149: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)21:40:39 ID:pIU
灯の母は血だらけの夫を見ると、がくりと膝から崩れ落ちた。放心した様子で、涙を流しもせず、声を殺してぶつぶつと何かを言っている。
灯の父は救急隊員に運ばれていく。俺と灯は立ち上がることもできなくて、ただ呆然と見送った。

150: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)21:47:00 ID:pIU
父から引きはがされた灯は、体操座りをして泣き続けていた。
俺は灯に手を伸ばす。なにもできなかった俺は、彼女の手を握る権利もない。
けれども、灯が俺にしてくれたように、血だらけの手を強く握った。今、俺にできることはこれだけだ。

151: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)21:57:03 ID:pIU
薄い雲がかかる優しい青空で、太陽は虹色の輪を纏っている――ハロ現象だ。
灯もそれに気づいたようで、泣き腫らした顔で空を見上げる。
繊細な睫毛は大粒の涙を抱えきれなくて、頬にはらりと零してしまった。
灯はその涙を拭わない。ただ恋をしたように、ハロ現象に目を奪われていた。
どうして俺達はこう、どうしようもなく嫌なときに限って、どうしようもなく美しい景色ばかりを目にするんだろう。

152: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)22:04:03 ID:pIU
俺は父さんが死んでしまったと知った時よりも、もっと強く思った。いや、願った、という言葉の方が正しい。
灯と、灯の家族を傷つけてしまったのは俺のあの思いのせいだ。
憎しみや恨み、殺したいという黒く醜い感情。それが第二の通り魔を俺に呼び寄せた原因だ。
だから俺は、こんなに悲しくてやりきれなくて、忘れたくなるような記憶をずっと憶えていく。その上で、憎まずに恨まずに、殺したいと思わずに、黒い感情に逃げることなく、誰かをその分の力で幸せにしないといけない。

153: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)22:20:47 ID:pIU
俺にそんな権利も資格もないけれど、せめて、俺が傷つけてしまった、灯だけは。
目を瞑って、太陽が纏っている虹色の輪に祈る。どうしようもなく綺麗な現象に祈る。
どうか、辛い記憶も悲しい記憶も、全部憶えたままでいさせてください。
そしてなにより、灯を――。

154: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)22:25:46 ID:pIU
目を開けると、灯は何かに祈るように、指と指を絡み合わせていた。
俺と灯の手は、いつ離れてしまったのだろう。
そして、灯は目を開く。
「なんで私、泣いてるんだっけ」

155: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)22:37:06 ID:pIU
あのあと俺を保護した警察官は、俺の身の上に同情し、様々なことを教えてくれた。
またいろいろ教えて欲しければ、電話かけてきて。
と、電話番号が書かれている紙切れをわたしてくれた。

156: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)22:46:38 ID:pIU
俺は灯や灯の家族の状況を知るために、何度か電話をした。
灯の父は死んでしまって、そのせいで灯の母は精神をいたく病んでしまったらしい。
そして灯は、不思議な記憶障害に陥っているというのだ。

157: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)22:52:26 ID:pIU
ある範囲だけが切り取られたように、記憶がなくなっている。
そしてその範囲は、父との記憶だ。
単身赴任していること以外をきれいさっぱり忘れてしまっている。もちろん、あの事件のことも。

158: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)22:59:20 ID:pIU
会いに行かなきゃいけないと思った。好きだから会いに行く、と言う資格は俺にはない。
ただ償う資格はあるはずだ。灯を幸せにすることが俺の償いであって願いだから。

159: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)23:00:00 ID:pIU
辛いけれど、忘れてしまっては駄目なんだ。あんなにも優しいお父さんの記憶を失くして生きていても、それは灯にとって幸せじゃない。
お前が灯の幸せを決めるべきじゃない、独善的で傲慢なことをするな、と言われても仕方がない。
それでも、あの涙を目にしたら誰もが俺と同じことを思うはずだ。

160: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)23:05:42 ID:pIU
警察官から言伝で聞いた住所を俺は完全に記憶していた。
警察官と話したことも、そしてそのとき何を考えていたかということも。
そして、あの通り魔事件のとき、父さんと話したことも、灯の家族と話したことも、温度や喧騒、鳥居の僅かにくすんだ朱色だって覚えている。

161: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)23:09:56 ID:pIU
もちろん、灯が繋いでくれた手の暖かさや、その時の思いだって全部、取りこぼすことなく覚えている。
あの現象には不思議な力があるらしい。
だったら、もう一つの願いも叶えてくれよ。

162: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)23:10:52 ID:pIU
灯の家のインターフォンを押す。数十秒の後、女の人が出て来た。
灯の母なのか……?
人が変わってしまっていた。
瞳に光はなく、痩せこけた頬と、一気に増えた皺が世界の全てに関心を失くしてしまった、世捨て人を思わせる。

163: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)23:21:33 ID:pIU
「灯、さんは?」
「……さぁ。もう、私たちの前に現れないでくれるかしら、疲れているの」
俺は追い返された。
俺は一人の人間を壊してしまったんだ。
結局、灯に会うことはできなかった。

164: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)23:32:24 ID:pIU
「あれから何年も聞き込み調査をした。でも誰も灯のことを知らないんだ。
名前すら知らないのは、どうしたっておかしいだろ? 
中学に上がった時、俺は他校の生徒と積極的に交流を持った。灯を探すために。
やる気のない俺からは想像できないだろうが、人脈確保のためにバスケ部に入ったんだ。
リア充カーストを演じてお前の名前を他校の奴らに訊きまくった。断じてストーカーじゃない。まぁ結局全部失敗したけど」

165: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)23:46:41 ID:pIU
「それで、ようやく会えたのが屋上なんだ。
灯さん、高校入ってから他人の記憶消し過ぎだ。
せっかく、奇跡的に同じ高校になったのに、一年も会えなかった」

166: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)23:52:27 ID:pIU
「そして一週間前。俺も罪を償うとはいえ、ちょっと気分転換が必要だった。そのとき、ハロ現象を思い出したんだよ。
屋上ならもしかしてまた見えるんじゃないか、と思って、立ち入り禁止の扉を開けた。ハロ現象は見えないけれど、なんだか青空が名残惜しくて昼飯を箸でつついてた。
そしたら、焼きそばパン食いかけの灯が俺をからかってきたんだ」

167: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)23:55:32 ID:pIU
「拍子抜けだった。神様の采配ってのはどうかしてるとしか思えない」

168: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)23:57:28 ID:pIU
「灯はどうやら俺のことを忘れているらしく、名前を聞いてきた。
言ってもピンとこない様子だったから、俺は前から考えていた非現実的な仮説を、非現実的だと思えなくなった」

169: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/26(日)23:58:13 ID:pIU
「灯が名前を当てられただけで何分も泣いているのを見て、俺は確信した。
俺と真逆のことを、灯はあの現象に願ったんだ。
さっきの灯の話になぞらえて言えば、灯の記憶の中の、灯に関するお父さんとの記憶を消したんだ」

170: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:04:27 ID:V0f
彼の話を聞いて、私の中から消えてしまっていた記憶が、フラッシュバックする。

171: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:06:36 ID:V0f
あの河川公園は、お父さんと一緒に自転車に乗る練習をした場所だ。
帰りにアイスを買ってもらって、自転車を押して帰ったんだ。
単身赴任しているところから帰ってこれる貴重な休みなのに、私は色んな我儘に付き合わせちゃった。

172: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:07:53 ID:V0f
思い出があふれてくる。
私がお父さんのことをなにも知らないくせに「いい人」だと疑わなかった理由が、ようやく確かな形を持った。

173: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:08:41 ID:V0f
通り魔事件のことを思い出す。
お父さんは、最期まで優しい人だったんだ。

174: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:10:28 ID:V0f
私の生きる理由は二つ。
お父さんのため、そしていつの日かみた、ハロ現象をもう一度見るため。

175: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:13:14 ID:V0f
お父さんを悲しませないため、という根拠の無い理由の正体は、あの事件だったんだ。
死ななくて良かった、どんなに惨めでも生きていてよかった。

176: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:16:08 ID:V0f
暖かい気持ちに包まれる。お父さんが死んじゃったのに、それでも幸せだと思える私は変なのかな。
でも、記憶からなくなっても、ずっとお父さんのこと好きだったよ。
私は記憶を消せる能力と一緒に生きていく中で、思い出が生きる理由なんだ、ってわかった。

177: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:19:03 ID:V0f
詭弁かもしれないけれど、私はお父さんのことを記憶から消さないでいたら、たぶんおかしくなっちゃってた。
死んじゃった悲しみが強すぎて、お父さんと過ごした楽しい記憶が、辛い記憶に変わっちゃったと思う。
記憶を消せたから、私はお父さんとの思い出を、汚すことなく綺麗なまま心の奥底にしまっておけた。

178: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:22:52 ID:V0f
そしてハロ現象――私はずっとハロ現象に恋をしていた。
夏の打ち上げ花火よりも、夜空に輝く星よりも、私はハロ現象に焦がれていた。
きっとハロ現象への思いは、石原君への恋だったんだ。

179: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:25:14 ID:V0f
あのとき、私たちは手を握りあってただけだったけど、私にはそれだけで恋に落ちるきっかけには充分だった。
どん底で手を握り合える人しか、私は好きになれそうにない。
私はまた泣いてしまった。もう、ほんとに私は泣き虫だ。嬉しくても悲しくても、涙を流さずにはいられない。
石原君はそんな私の手を、あの時のように握りしめる。

180: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:30:25 ID:V0f
「俺は灯に、あのときのことを謝りたかったんだ。俺と関わらなければ、灯と灯の母さんは今も灯の父さんと幸せに過ごすことができた。
俺にできることは謝ることだけのくせに、独善的に、灯に幸せになってほしいと願った。
でも、灯の幸せにはお父さんの記憶が不可欠だった。
あの忌まわしい事件の記憶も含めて思い出すこと、それは灯にとって辛いことに決まっているのに、そうしないと、本当の幸せはないと、迷いなく思ってる自分がいた。
勝手で傲慢で、本当にどうしようもない。俺は自分に都合の悪いことを、贖罪を盾に見ないようにしてたんだ」

181: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:32:47 ID:V0f
すうと息を吸って吐く。涙は拭わない。
「石原くん、今までありがとね。私はおかしいのかな、辛いことをいっぱい聞いたはずなのに、心があったかくて、そのせいで涙が出てるの」

182: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:36:14 ID:V0f
「石原くん、一つ聞いていい?」
「おう」
「なんで、私と会ったらすぐ、それを言わなかったの?」
「それはだな……」
空いている右の手で、後ろ髪を掻く。石原くんが困ったときによくする仕草だ。

183: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:37:43 ID:V0f
「私と、一週間も一緒にご飯食べてくれたり、授業もさぼったりしてくれたのは、なんで?」
「それは……」
「償いじゃ、ないよね」
「石原くんは、私と逆のくせに、全部忘れないはずなのに、大切な部分を忘れてるよ」

184: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:40:58 ID:V0f
私は恋の形を知っている。ただ一つの思いで、ハロ現象を毎日探していたのだ。
毎日毎日、飽きることなくずっと。
石原くんもそうだと思う。石原くんは様々な思いを抱えていたと主張したいだろうけれど、私にしてみれば、たった一つの思いに他ならない。
それで毎日私を探していたのだ。毎日毎日、飽きることなくずっと。
私たちは似ている。

185: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:46:47 ID:V0f
「私は石原くんの記憶を消そうと思ってたよ、でもなかなかできなくて、ここまでぐずぐず来ちゃったの。この関係が壊れて欲しくなくて、初めて私の名前を憶えてくれた人に忘れて欲しくなくて」
「俺も似た感じだ。言ってしまえば、この距離の俺達は終わると思ってた。だから、こう、な……」
「そういうのが、恋なんだよ」

186: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:50:11 ID:V0f
「石原くんの思いはきっと、償いなんかじゃない。ただ、好きな人に幸せになって欲しいだけだよ。恋なんて、独善さと傲慢さと自分勝手の、塊でしょう?」
「そんな綺麗な言葉で包んでいいのかね」
「たまには自分に優しくしなさい。償いの理由も思いも全部まとめて好きにいれちゃいなさい」

187: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:54:26 ID:V0f
石原君は不服そうだ。真面目な人なんだと思う。
ここまで人生を私に賭けてくれた人が、真面目じゃないわけないよね。
そんな人にかける言葉はもうない。

188: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)00:55:19 ID:V0f
私はぎゅっと、石原くんの手を強く握る。
すると、石原くんも握り返してきた。
私たちには今言える愛の言葉よりも、思い出の中にある懐かしい振る舞いのほうがしっくりくるらしい。

189: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)01:05:26 ID:V0f
夏色の風が吹き付けて、停滞した空気を浚っていく。
その行く末が知りたくて、私は目を空に向けた。
青空で、太陽が虹色の輪を纏っている。
あぁ、ハロ現象だ。私がずっとずっと恋焦がれていたものだ。
流れ落ちそうになる涙を笑顔で隠す。横を向くと、石原くんが静かに鼻を啜っていた。
私は石原くんの手をもう一度、強く握る。
石原くんは指をもぞもぞと動かし、指と指を絡み合わせた。
恋人つなぎだ。
私はまた、嬉しくて泣いてしまった。

190: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)01:24:33 ID:V0f
どうも1です 今まで見てくれた方々ありがとうございました。

191: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)01:26:39 ID:V0f
落ちが相当にあれですね、でもこれでお話は終わりです。

192: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)01:43:21 ID:1oJ
面白かった

193: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)16:11:36 ID:V0f
どうも1です。
いろいろ見直してなろうとかカクヨムにも挙げてみようとうっすら考えています
三月二日一人といいます。
http://sangatuhutuka.blog.fc2.com/

194: 以下、超絶まとめ!がお送りします 2017/02/27(月)17:04:06 ID:wyX
おつ
おもしろかった

引用元:http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1487918155/

記事を読んでいただきありがとうございます。よろしければコメントもお願いしますm(_ _)m

9999: 以下、超絶まとめ!でお勧め記事をお送りします 20XX/XX/XX(日)00:00:00.000 ID: CHOUZETSU.MATOME

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